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INDIANAPOLIS MOTOR SPEEDWAYのゲート
ここを"ともまる"もくぐって歴史の目撃者となる! |
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レーシングフラッグが翻るコースに40万人が集まった。
大興奮の歓声が今にも聞こえてきそうだ! |
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| 1922年のスタートシーン。コースは砕いた岩やタールなどで舗装されている。スタートラインに注目! |
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| パゴダと呼ばれる今でいうコントロールタワー。写真は2代目のパゴダ。1954年当時のもの |
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| 今年、INDY500 3連勝がかかっているエリオ・カストロネベス。今年はミルクを3本一気に飲むのか!? |
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まず、INDY500の舞台となる「インディアナポリス・モーター・スピードウェイ(IMS)」を紹介したい。
1909年、4人のビジネスマン、カール・フィッシャー、ジェームス・アリソン、フランク・ウィーラー、アーサー・ニュービーによって1周2.5マイルのダートによるオーバルコース「インディアナポリス・モーター・スピードウェイ」が建設された。しかし、当時のダートコースは路面状況の悪化によって事故が続出したことから、3万2000個のレンガが敷き詰められることになった。このレンガ=brickによって、IMSは「ブリックヤード」というニックネームがついた。しかしその後、時代が進むにつれて段階的にアスファルト舗装となっていき、1961年を最後にレンガは姿を消すことになった。しかし、現在もスタート/フィニッシュラインにはレンガが残されており、当時を偲ぶことができる。 |
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INDY500を語るうえではずせないのが、チャンピオンに与えられるモノの数々だ。チャンピオンが得るのはアメリカン・モータースポーツ界においてこれ以上のものはない栄誉、そして、銀色に輝くトロフィー、巨額な賞金、加えてミルクだ。
INDY500で優勝するということがどれほどスゴイことなのかは、アメリカ人以外にはピンとこないかもしれない。しかし、アメリカではINDY 500のチャンピオンはその日のトップニュースで報じられるくらいの「ヒーロー」「ヒロイン」になれる。そしてINDY500の伝統そのものであるボルグワーナートロフィーと呼ばれる優勝トロフィーに刻まれている歴代チャンピオンに、自らの顔のレリーフが刻まれて、末代までその栄誉が伝えられていくのだ。
さらに得られる富もスゴイ。優勝賞金はナント100万ドル以上! 実際、INDY 500に1勝しただけで、シリーズチャンピオンよりも獲得賞金が多いなんてこともあり得るくらいだ。
最後に不思議な伝統、チャンピオンのシャンペン・ファイトならぬ、ミルク飲み。このミルクの歴史は1928年まで遡ることになる。この年、優勝したルー・マイヤーがビクトリーレーンで母親が渡したバターミルクを飲んだことが始まり。その後、ルーは3回もの勝利を収めたが、そのたびにミルクを飲んだことから、1946年以降、デイリーインダストリー社が賞金をつけてチャンピオンにミルクを振舞うようになり、この伝統が現代まで続けられている。ちなみに、たった一人だけ、このミルクを飲まなかったチャンピオンがいる。1993年に優勝したエマーソン・フィッティパルディだ。彼はブラジルで自身が経営するオレンジ農場で作られたオレンジ・ジュースをミルクの代わりに飲んだ。しかし、長きにわたるINDY500の伝統を崩したとして、その後、非難の嵐だったのはいうまでもない。
さて、好調さを見せるトラとケニーだが、二人ともプラクティスでは230m/h(370.0km/h)超えをラクラク果たしていることから、予選、決勝に大きな期待がかかる。二人の活躍から目が離せない! |
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