img
img img
img
img
全日本ダットサン会とは
 日産を愛する人達の心の故郷である「ダットサン」ブランドを大切にしよう、と設立されたのが全日本ダットサン会だ。発足当初は戦前のダットサンを中心にイベントなどを開き、活動を行っていた。だが、会長を務める佐々木徳治郎さんの尽力により、オールド・ダットサンだけでなく戦後のダットサンやニッサンブランドのクルマも増えている。現在の会員数は 473名だ。若い人から80歳を越える人まで、年齢層は幅広い。
ダットサン・ブルーバードの歴史
photo
オールドダットサンから1959年に初のブルーバードという冠をつけられた310型、バイオレット、そしてシルフィなど、510型のお祝いに新旧ブルーバードが集まった
photo
前後期で形状が若干変更されたフラッシャーレンズなど、時代とともに多少の変化はあるものの、ダットサンからブルーバードと車名を改めても、510のダットサンに対する思いは変わらない
photo
「日本車とは思えない」と発売当時、世間を驚かせた510のデザイン。特にキリっとした印象を与えるテールのデザインなど、リヤビューの美しさは格別だ
   ダットサンの歴史は古い。快進社自働車工場は1914年に小型乗用車を完成させたが、設計者の田健治郎、青山禄郎、竹内明太郎の3人の頭文字をとって「DAT」と命名している。その後、合併によってダット自動車製造と社名を変更し、昭和になった1931年にDATSONを完成させた。これはDATの息子と言う意味だが、日本語でソンは「損」につながるということから翌32年春の発売時にはDATSUNと名を変えている。言うまでもなくSUNは「太陽」のことだ。
 33年12月には「日本自動車製造」が設立され、ダットサンの製造と販売権が移管されている。翌34年5月には「日産自動車」と名を変え、本格的にダットサンの販売を開始。戦後、ダットサンを名乗る乗用車が生産されたが、ブルーバードにつながるモデルは55年1月に登場したダットサン・セダン 110型だ。輸出を念頭に置いたタフな設計を誇り、発展型の 210型は豪州ラリーに挑み、クラス優勝の栄冠を勝ち取った。
 ブルーバードの名を冠したモデルが誕生するのは59年夏である。リヤランプの形状が似ていることから人々から「柿のタネ」のニックネームで愛された。初代ブルーバードは20万台を超える大ヒットとなり、63年9月に2代目の 410型にバトンを託している。日産としては初めてモノコック構造のボディを採用し、デザインはイタリアの鬼才、ピニンファリーナが手掛けた。
 3代目は67年8月に登場した 510型だ。超音速機をイメージしたウエッジシェイプ・ボディを身にまとい、4輪独立懸架のサスペンションやSOHCのL型エンジンなど、数多くの新機構を採用した。また、ラリーの世界でも大暴れし、70年にはサファリラリーで総合優勝を含む三冠王に輝いている。スーパースポーツセダン、SSSのイメージを定着させたのも、この 510型だ。日本だけでなく世界中で愛され、抜群の知名度を誇った。
 これに続く 610型のブルーバードUはサイズアップを図り、6気筒モデルも誕生する。また、 510型に近いサイズの 710型がバイオレットの名で送り込まれた。 610型の後継となるのは 810型だ。79年11月には最後のFRブルーバード、 910型がベールを脱ぐ。83年にFF方式のU11型となり、これは87年秋にU12型に進化。91年にモデルチェンジしてU13型に、96年にはU14型へと発展する。最新モデルはブルーバード・シルフィだ。
1/3 NEXT